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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)2521号 判決

原告

株式会社井出プロダクション

右代表者代表取締役

井出秋人

原告

渡辺正臣

八木広

右三名訴訟代理人弁護士

吉村節也

合田勝義

被告

新日本国内航空株式会社

右代表者代表取締役

浅川正義

被告

粕谷邦利

右両名訴訟代理人弁護士

平沼高明

関沢潤

堀井敬一

野邊寛太郎

主文

一  被告らは、各自、原告渡辺正臣に対し、金一七八万二五三〇円、原告八木広に対し、金八一万三九二〇円及び右各金員に対する昭和五五年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告新日本国内航空株式会社は、原告株式会社井出プロダクションに対し、金四一万八一五〇円及びこれに対する昭和五七年三月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告渡辺正臣に対し、金七五五万二五三〇円、原告八木広に対し、金五七六万三九二〇円及び右各金員に対する昭和五五年五月一二日から支払ずみまで、年五分の割合による各金員を支払え。

2  被告新日本国内航空株式会社は、原告株式会社井出プロダクションに対し、金一六四三万八四八〇円及びこれに対する昭和五五年五月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告株式会社井出プロダクション(以下「原告会社」という。)は、宣伝映画の企画制作等を業とする会社であり、原告渡辺正臣(以下「原告渡辺」という。)は、原告会社のプロデューサー担当の常務取締役である。

原告八木広(以下「原告八木」という。)は、株式会社電通に勤務し、コマーシャルフィルムの企画制作を担当するプロデューサー、ディレクターである。

被告新日本国内航空株式会社(以下「被告会社」という。)は、航空機による取材・撮影、航空機貸切運航等を業とする会社であり、被告粕谷邦利(以下「被告粕谷」という。)は、被告会社に勤務するヘリコプター操縦士である。

2  原告会社は、昭和五五年五月六日、コマーシャルフィルムのロケーションハンティング(調査)のため、富士山麓・青木ケ原樹海周辺の登山道・林道を重点に視察して、スチールカメラによる撮影をする目的で、被告会社との間で、一時間金一五万三〇〇〇円の料金で同社のヘリコプター一機の貸切運航契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

3  事故の態様と過失

(一) 被告粕谷は、同年五月一二日、被告会社の操縦士として本件契約に基づくヘリコプターの運航に従事し、被告会社所有のヘリコプター・ヒューズ式二六九C型機(以下「本件ヘリコプター」という。)に、右ロケーションハンティングのため原告渡辺及び同八木の両名を同乗させて操縦飛行した。

被告粕谷は、同日午前一一時七分ころ、本件ヘリコプターを操縦して、山梨県富士吉田市新倉所在の富士急ハイランド内ヘリポートを離陸し、同一一時二五分ころ、同県南都留郡鳴沢村字神座の富士山麓付近上空にさしかかり、コース選択のためホバリング(対地停止)状態に入つた後、精進口登山道沿いに飛行することとして左旋回して東に向け前進飛行に移行したところ、急激な機体沈下を引き起こし、約二〇〇メートル東方の青木ケ原樹海内に同機を墜落させた(以下「本件墜落事故」という。)。

(二) 右ホバリング状態のとき、本件ヘリコプターは海抜約四二〇〇フィートの高度で、ほぼ最大出力に近い状態であつた。そして、風向風速はほぼ西、秒速約八メートルであつて、対地高度は約二〇〇フィートにすぎなかつたため、左に旋回して東に向かい、追い風を受けて前進飛行すれば、同機は揚力が急激に低下して墜落するおそれがあつた。

被告粕谷は、ヘリコプターの操縦士として、右ホバリング状態においては揚力の減少をきたす左旋回及び追い風を受けての前進飛行を避けるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然と左に旋回して追い風を受けて前進飛行した過失により、急激に揚力を失い同機を墜落させた。

4  原告渡辺及び同八木の受傷

本件墜落事故により、原告渡辺及び同八木は次のとおりの傷害を負つた。

(一) 原告渡辺 全身打撲、左上腕骨骨折、左指挫創。

約二か月の安静加療の後も左肩変形の後遺症状。

(二) 原告八木 頭部外傷、左下腿打撲挫傷。全治一六日間。

5  被告らの責任

原告らは、本件墜落事故により後記のとおりの損害を被つた。

これは、被告粕谷の前記不法行為に基づくものであり、同被告は原告渡辺及び同八木に対し、損害賠償の責任を負う。

また、被告会社は、その被用者である被告粕谷が被告会社の事業の執行につき原告渡辺及び同八木に損害を加えたものであるから、右原告両名に対し、使用者として損害賠償責任を負う。

さらに、被告会社は、本件契約に基づく約旨に従つた履行をしないで原告会社に損害を被らせたのであるから、債務不履行によりその損害を賠償する責任を負う。

6  損害

(一) 原告渡辺

(1) 治療費 金一一万二七三〇円

昭和五五年五月一三日から同年七月七日まで

日本赤十字社医療センター

(2) 通院・通勤等交通費(タクシー代) 金四万一八〇〇円

自宅(西麻布)から日本赤十字社医療センター(広尾)までの間 三八〇円(片道料金)×二(往復)×一〇(日数)=七六〇〇円

自宅から勤務先(南麻布)までの間 二八〇円×二×四五(内譯は順次に前記に同じ)=三万四二〇〇円

(3) 物的損害 金二六万八〇〇〇円

携帯物品等の破損による被害額

(ア) カメラ(キャノンAE1)

ボデー 金五万円

ズームレンズ(FD35―70mm)金一〇万八〇〇〇円

(イ) 時計(セイコー・クォーツ)金八万円

(ウ) 衣服 金二万円

(エ) サングラス 金一万円

(4) 慰謝料 金六四五万円

(ア) 傷害による慰謝料 金四五万円

ギブス固定・安静治療(入院相当)同年五月一二日から同年六月一五日まで 三六日間

肩吊り(通院相当) 同年六月一六日から同年七月七日まで二二日間

(イ) 左肩変形の後遺症状による慰謝料 金一〇〇万円

(ウ) ヘリコプター墜落による精神的ショックに対する慰謝料 金五〇〇万円

原告渡辺は本件墜落事故により、死の瞬間に直面してはかりしれない精神的ショックを受けたが、右精神的ショックを慰謝するには金五〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 金六八万円

原告渡辺は、本件訴訟代理人弁護士に対して、弁護士報酬規定に基づく手数料・報酬を支払う約定をした。弁護士費用として、以上損害額小計金六八七万二五三〇円を基準として、その約一割にあたる金六八万円が相当である。

(二) 原告八木

(1) 治療費 金四万三九二〇円

昭和五五年五月一三日から同月二七日まで

井上病院

(2) 通勤交通費(タクシー代)金八万円

自宅(原宿)から勤務先(銀座)までの間 二〇〇〇円(片道料金)×二(往復)×二〇(日数)=八万円

(3) 物的損害 二万円

衣服破損の被害額

(4) 慰謝料 金五一〇万円

(ア) 傷害による慰謝料 金一〇万円

通院 同年五月一二日から同月二七日まで 一六日間

(イ) ヘリコプター墜落による精神的ショックに対する慰謝料 金五〇〇万円

原告八木は本件墜落事故により、死の瞬間に直面してはかりしれない精神的ショックを受けたが、右精神的ショックを慰謝するには金五〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用

原告八木は、本件訴訟代理人弁護士に対して、弁護士報酬規定に基づく手数料、報酬を支払う約定をしている。

弁護士費用としては、以上損害額小計金五二四万三九二〇円を基準として、その約一割にあたる金五二万円が相当である。

(三) 原告会社

(1) 原告渡辺及び同八木の応急治療費 金四万一五八〇円

昭和五五年五月一二日

山梨日赤病院

(2) 事故直後の交通・連絡費等 金一八万二九〇〇円

(ア) 交通費 金一万二九〇〇円

(イ) 雑 費 金五万円

(ウ) 人件費 金一二万円

延六人分、一人金二万円

(3) 当該仕事やり直しのための打合せ、再ロケーションハンティングの人件費・交通費等 金三一万四〇〇〇円

(4) 逸失利益

原告渡辺は、原告会社のプロデューサー担当の常務取締役であり、原告会社の営業、企画制作活動の主要な一翼を担つている。この業界では、プロデューサーの個人的な能力・信用によつて仕事の依頼を受けることがほとんどなので、原告渡辺の休業・半休業状態によつて原告会社は損害を受けた。

原告渡辺のプロデューサーとしての受注・企画制作による売上高は次のとおりである。

(ア) 昭和五四年九月入社時から同五五年五月一二日事故までの期間(八か月と一一日)

売上高合計 金一億〇四七八万円

一か月平均 金一三一〇万円

(イ) 右事故後から同年一二月末までの期間(七か月と二〇日)

売上高合計 金五三七六万円

一か月平均 金七〇一万円

本件墜落事故後から昭和五五年末までの期間における原告会社の逸失利益 金一五九〇万円

逸失売上高 金四六六九万円

荒利益率 三四・〇五%

逸失利益 金一五九〇万円

よつて、原告渡辺及び同八木は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告ら各自に対し、それぞれ金七五五万二五三〇円及び金五七六万三九二〇円並びに右各金員に対する不法行為時である昭和五五年五月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを、原告会社は被告会社に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき金一六四三万八四八〇円及びこれに対する昭和五五年五月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、被告会社が航空機による取材・撮影、航空機貸切運航等を業とする会社であること及び被告粕谷が被告会社に勤務するヘリコプター操縦士であることは認め、その余は知らない。

2  同2の事実のうち、本件契約を締結したのが、昭和五五年五月六日であること及びロケーションハンティングの目的が登山道・林道を重点としたことは否認し、その余は認める。

3  同3(一)の事実のうち、急激な機体沈下を引き起こしたことは否認し、その余は認める。同3(二)の事実のうち、風向風速は知らない。その余は否認する。

4  同4の事実のうち、原告渡辺及び同八木が受傷したことは認めるが、その部位程度は知らない。

5  同5は争う。

6  同6の事実のうち、(一)(1)ないし(3)及び(5)は知らない。同(一)(4)は否認する。同(二)(1)ないし(3)及び(5)は知らない。同(二)(4)は否認する。同(三)(1)ないし(3)は知らない。同(三)(4)のうち損害額は否認し、その余は知らない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)について

請求原因1の事実のうち、被告会社が航空機による取材、撮影、航空機貸切運航等を業とする会社であり、被告粕谷が被告会社に勤務するヘリコプター操縦士であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、原告会社はコマーシャルフィルムの企画制作等を業とする会社であること、本件墜落事故当時、原告渡辺は原告会社の常務取締役プロデューサーであつたこと、原告八木は株式会社電通のコマーシャルフィルムの制作を担当するクリエイティブディレクターであつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二請求原因2(本件契約)について

請求原因2の事実は契約締結日及びロケーションハンティングの目的を除いて当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、本件契約の締結日は昭和五五年五月六日であること、ロケーションハンティングの目的は富士山麓青木ケ原樹海周辺の登山道、林道を重点としていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三請求原因3(事故の態様と過失)について

1(一)  請求原因3(一)(事故の態様)の事実は本件ヘリコプターが急激な機体沈下を引き起こしたとの事実を除いて当事者間に争いがない。

(二)  そこで本件墜落事故の態様について判断するに、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、被告粕谷操縦の本件ヘリコプターは、山梨県南都留郡鳴沢村字神座上空で対地高度が約二〇〇フィート(約六一メートル)であつたところ、右地点から東方約二〇〇メートルの地点の高さ約一二メートルの樅の木に接触したうえ墜落したこと、同機は急激に揚力が低下し、墜落するまでの間、流されるような状態で高度を喪失し、途中一旦バランスを立て直したかの状態になつたものの上昇することなくそのまま前記樹木に接触し墜落したこと、墜落により同機は大破したこと、同機が墜落するまでの時間は一分間くらいであつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、同機は急激に高度を喪失して墜落したものと認めることができる。

2  請求原因3(二)(被告粕谷の過失)について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、被告粕谷は本件ヘリコプターを操縦し、前記富士急ハイランド内ヘリポートを離陸後南東方向に飛行させ、前記鳴沢村字神座上空にさしかかつた際、進路選択のためホバリング状態に入つたこと、同所において同機の高度は海抜高度が約四二〇〇フィート、対地高度が約二〇〇フィートであつたこと、当時同所付近の外気温は華氏六三度で、風向は西、風速は約八メートルであつたこと、右ホバリング状態の際、同機は吸気圧力が二四mp前後、回転数が三〇〇〇ないし三一〇〇rpmとほぼ最大出力であつたこと、本件墜落事故の原因は、右ホバリング状態から同機を左旋回させ東に向けて前進飛行させたことにより追い風を受けて揚力が急激に低下したことによるものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  そうすると、右状況の下では、同機をホバリング状態から左旋回させ東に向けて前進飛行させれば、西からの追い風を受けて揚力を急激に低下させ、高度を喪失し、前記のとおり対地高度が約二〇〇フィートという条件の下では、同機を墜落させる危険性は容易に予想されるところであるから、被告粕谷としては、ヘリコプター操縦士として揚力の減少をきたす左旋回及び追い風を受けての前進飛行を避けるべき注意義務があるというべきである。

(三)  しかるに、〈証拠〉を総合すれば、被告粕谷は、右(一)のホバリング状態の下で同機がほぼ最大出力であり、また、対地高度が約二〇〇フィートであることに気づかず、漫然と同機を左旋回させ東に向けて前進飛行させた結果、同機を墜落させたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被告粕谷には、ヘリコプター操縦士として同機操縦上の注意義務を怠つた過失があるというべきである。

四請求原因4(原告渡辺及び同八木の受傷)について

1  原告渡辺及び同八木が本件墜落事故により受傷したことは当事者間に争いがない。

2  そこで原告渡辺の本件墜落事故による受傷の部位程度について判断するに、〈証拠〉を総合すれば、原告渡辺は加療六〇日間を要する全身打撲、左上腕骨骨折、左手指挫傷の傷害を負い、本件墜落事故後約二年間にわたつて左肩に痛み、しびれ及び運動障害を伴う後遺症状が存したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  次に原告八木の本件墜落事故による受傷の部位程度について判断するに、〈証拠〉を総合すれば、原告八木は加療一六日間を要する頭部外傷及び左下腿打撲挫傷の傷害を負つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

五請求原因5(被告らの責任)について

被告粕谷は前記三2において認定・判断した過失により本件墜落事故を引き起こし、その結果原告渡辺及び同八木は後記の損害を被つたものであるから、同被告は右原告両名に対し、その損害を賠償する責任を負う。

また、同被告は被告会社のヘリコプター操縦士であり、本件墜落事故は原告会社と被告会社との間の本件契約に基づき被告粕谷がその運航に従事して引き起こしたものであることは当事者間に争いがないから、被告会社は、右原告両名に対し、被告粕谷の使用者としてその損害を賠償する責任を負う。

さらに、被告会社は、原告会社に対し、本件契約の債務不履行により原告会社が被つた後記の損害を賠償する責任を負う。

六請求原因6(損害)について

1  原告渡辺の損害

(一)  治療費

〈証拠〉によれば、原告渡辺は昭和五五年五月一三日から同年七月一〇日までの間、日本赤十字社医療センター整形科及び脳外科に前記傷害の治療のため通院し、治療費として合計金一一万二七三〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  通院・通勤交通費

〈証拠〉を総合すれば、原告渡辺は前記治療のため自宅から日本赤十字社医療センターへの通院の往復に少なくとも一〇日タクシーを利用したこと、右タクシー代は片道一区間三八〇円であること、原告渡辺は本件墜落事故後は昭和五五年六月一六日から原告会社に出社したが、その際通勤の往復に体調が回復するまで少なくとも四五日タクシーを利用していること、右タクシー代は片道一区間三八〇円であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告渡辺は通院交通費として金七六〇〇円、通勤交通費として金三万四二〇〇円、合計金四万一八〇〇円を支出したことが認められる。

(三)  物的損害

〈証拠〉を総合すれば、本件墜落事故により、原告渡辺はその所持していた三五ミリないし七〇ミリズームレンズ付カメラ(キャノンAE1)、時計(セイコークォーツ)、着用していた上着、ズボン、サングラスをいずれも修復不可能な程度に破損されたこと、右ズームレンズ付カメラは原告渡辺が昭和五四年ころ購入したもので、その購入価格はレンズが一〇万八〇〇〇円、カメラ本体が五万円であること、右時計は原告渡辺が同年ころ購入したもので、その購入価格は八万円であること、衣服の価格は二万円程度であること、サングラスの価格は一万円程度であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告渡辺はズームレンズ付カメラの破損により金一五万八〇〇〇円、時計の破損により金八万円、衣服の破損により金二万円、サングラスの破損により金一万円、合計金二六万八〇〇〇円の物的損害を受けたものと認めることができる。

(四)  慰謝料

前記認定の原告渡辺の傷害の部位程度、通院期間、後遺症状の程度、本件墜落事故の態様その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件墜落事故によつて原告渡辺が受けた精神的苦痛を慰謝する金額としては金一二〇万円が相当である。

(五)  弁護士費用

原告渡辺が本件訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任し、かつ、手数料・報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本件認容額等に鑑み、本件墜落事故と相当因果関係を有するものとして原告渡辺が被告らに対して賠償を請求し得る弁護士費用の額は、認容額の約一割に当たる金一六万円が相当である。

2  原告八木の損害

(一)  治療費

〈証拠〉によれば、原告八木は昭和五五年五月一三日から同月二七日までの間、井上病院に前記傷害の治療のため通院し、治療費として合計金四万三九二〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  通勤交通費

〈証拠〉によれば、原告八木は本件墜落事故後前記傷害が治癒し体調が回復するまで、通勤の往復に少なくとも二〇日タクシーを利用していること、右タクシー代は片道二〇〇〇円を下らないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告八木は通勤交通費として合計金八万円を支出したことが認められる。

(三)  物的損害

〈証拠〉によれば、本件墜落事故により、原告八木は着用していたズボンを修復不可能な程度に破損されたこと、右ズボンの価格は二万円程度であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告八木はズボンの破損により金二万円の損害を被つたものと認めることができる。

(四)  慰謝料

〈証拠〉によれば、原告八木は本件墜落事故で受けた衝撃によりヘリコプターや飛行機に対し恐怖心を抱くこととなり、その結果本件墜落事故後は飛行機等に乗つていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に前記認定の原告八木の傷害の部位程度、通院期間、本件墜落事故の態様その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件墜落事故によつて原告八木が受けた精神的苦痛を慰謝する金額としては金六〇万円が相当である。

なお、原告渡辺及び同八木は、本件墜落事故により死の瞬間に直面してはかりしれない精神的打撃を受けたので慰謝料の算定にあたつては右事情を考慮すべきであり、右精神的打撃を慰謝するには金五〇〇万円が相当である旨主張するけれども、本件墜落事故の態様は前記認定のとおりであつて故意によるものではないから、前叙の墜落に伴う死の恐怖感は瞬間的なものではあるけれども、本件と同程度の通院加療期間を要する傷害を生ずる通常の交通事故の事例に比べても被害者に対しては深甚で重大な精神的苦痛を与えるものとして、受傷による通常の慰謝料とは別個にそれ自体として評価・算定されるべきではあるが、近時の大型・高速化した航空機時代における不幸な空の惨事のなお後を絶たない社会・技術的情況を考慮しても、本件における右慰謝料は各五〇万円をもつて相当とし、なお右慰謝料額を超える金額によらなければ右原告らの精神的苦痛を慰謝しえないものとする格別の事情は存しないから、右原告らの強調する五〇〇万円の慰謝料額は相当のものとはいえない。

(五)  弁護士費用

原告八木が本件訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任し、かつ手数料・報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本件認容額等に鑑み、本件墜落事故と相当因果関係を有するものとして原告八木が被告らに対して賠償を請求し得る弁護士費用の額は、認容額の約一割に当たる金七万円が相当である。

3  原告会社の損害

(一)  原告渡辺及び同八木の応急治療費

〈証拠〉によれば、右原告両名は、本件墜落事故当日である昭和五五年五月一二日、山梨日本赤十字社病院で前記傷害の治療を受け、その治療費として原告会社が金四万一五八〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  事故直後の交通・連絡費等

(1) 交通費

〈証拠〉によれば、原告会社の経理担当社員深田は本件墜落事故の処理のためタクシーを利用し、そのタクシー代として原告会社は合計金一万二五七〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 雑費

〈証拠〉によれば、本件墜落事故の処理のため、原告会社は、前記深田以外の社員の交通費、電話代として少なくとも金五万円の支出をしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 人件費

〈証拠〉によれば、本件墜落事故の事務処理に、原告会社においては三名がのべ六日に相当する時間を費したこと、当時人件費は一日金二万円が相場であつたことが認められる。

しかし、他方、〈証拠〉によれば、本件墜落事故の事務処理にあたつた三名はいずれも原告会社の社員であつて、原告会社が本件墜落事故の事務処理のために殊更に同人らに人件費を支出したことはないことが認められ、他に原告会社が人件費に相当する損害を受けたと認めるに足りる証拠はない。

(三)  当該仕事のやり直しのための人件費、交通費等

〈証拠〉によれば、原告会社は本件墜落事故によりロケーションハンティングの目的を達することができなかつたため、事故後当該ロケーションハンティングのやり直しを行い、その費用として合計金三一万四〇〇〇円を支出したこと、右費用については当該企画の広告代理店であつた株式会社電通から制作費としての支払いを受けていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告会社は本件墜落事故による債務不履行と相当因果関係にある損害として、ロケーションハンティングのやり直し費用に相当する金三一万四〇〇〇円の損害を受けたことが認められる。

(四)  原告会社の逸失利益

原告会社は本件墜落事故により原告渡辺が受傷し休業したことによつてコマーシャルフィルム制作の売上げが減少し、損害を受けた旨主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、原告会社はコマーシャルフィルムの企画制作等を業とする会社であるが、本件墜落事故当時はプロデューサー六名を含め総勢二五名を擁していたこと、原告渡辺は昭和四〇年四月に原告会社と同業の株式会社シバプロダクションに入社し、ディレクターを経て昭和四九年ころからプロデューサーとなつたが、昭和五三年三月に同社を退社し、同業の株式会社ピラミッドを設立し、同年一一月に同社を退社後、昭和五四年九月に原告会社に入社したこと、その間同人は全日本CM協議会等からその作品につき秀作賞等いくつかの賞を受けていること、同人は本件墜落事故当時は原告会社の常務取締役プロデューサーであり、原告会社のプロデューサー別売上げ高において昭和五六年には約二五・五パーセント、昭和五七年には約二三・七パーセントを占めていること、コマーシャルフィルムの企画制作は広告主あるいは広告代理店からの企画の受注、制作プランの具体化、制作スタッフの構成、製作という一連のコマーシャルフィルム制作過程において、プロデューサー個人が一切の責任を負うプロデューサー・システムによつて行われていること、広告主あるいは広告代理店もコマーシャルフィルム制作におけるプロデューサーの責任が右の通り大きいことから、コマーシャルフィルムの企画の発注にあたつてはプロデューサーの所属する制作会社ではなく、プロデューサー個人の資質を基準にしてプロデューサーとの信頼関係に基づき制作会社を選択するのが通常の発注形態であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、被告会社が賠償すべき損害の範囲は、本件墜落事故による債務不履行と相当因果関係を有する損害に限られると解すべきところ、右認定事実によれば原告会社の逸失利益の損害は、前記(一)ないし(三)に認定の損害とは異なり、本件墜落事故による債務不履行によつて通常発生が予測される損害ということはできず、特別の事情による損害というべきである。

そこで、被告会社が右特別の事情を予見しまたは予見することができたかを検討するに、〈証拠〉を総合すれば、本件契約は、原告会社が富士山麓のロケーションハンティングのため、富士山麓の富士急ハイランドにヘリポートを有し、富士山麓付近をヘリコプターにより飛行している被告会社を選び締結したものであるが、原告会社は本件契約以前には被告会社を利用したことはなかつたこと、原告会社は昭和五五年五月六日本件契約を締結する際、社員の片桐が電話で被告会社に対し、本件契約の目的について、コマーシャルフィルムのロケーションハンティングであり、当日はスチールカメラによる撮影をする旨及び富士山麓青木ケ原樹海周辺の登山道・林道を重点とする旨を告げ、富士山麓付近の諸条件を熟知したパイロットを希望したこと、更に飛行当日の同月一二日、富士急ハイランドヘリポートにおいて、本件ヘリコプターによる飛行の前に原告渡辺が被告粕谷に対し、飛行場所の希望を地図で指し示して述べたこと、当日はヘリコプターにより一回目に原告渡辺及び同八木が、二回目に原告会社のプロダクションマネージャーの吉沢とフリーのディレクターの柴田の二人がそれぞれ飛行することになつていたことが認められるものの、右認定事実によるも被告会社の認識は右記載の事実の範囲にとどまり、本件墜落事故時までに被告会社において前叙の特別の事情を予見しまたは予見することができたとまでは認めるに足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告会社が原告渡辺の休業により逸失利益の損害を受けたとしても、右損害は被告会社の本件墜落事故による債務不履行と相当因果関係を有するものということはできない。よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告会社の逸失利益の損害にかかる請求は理由がない。

七結論

以上によれば、原告渡辺及び同八木の被告らに対する本訴請求は、それぞれ金一七八万二五三〇円及び金八一万三九二〇円並びに右各金員に対する不法行為時である昭和五五年五月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度において、原告会社の被告会社に対する本訴請求(債務不履行による損害賠償であるから、期限の定めのない債権に当たる。)は金四一万八一五〇円及び被告会社に対しその請求をしたことが記録上明らかな本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年三月一三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、それぞれ理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官下田文男 裁判官小池一利)

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